口の中はからだの外

木下歯科医院 院長 木下 亨

 「口の中はからだの外」だという事を知っていますか?口は顔のところから開いて肛門まで続くからだを貫く長い管の入口です。入るとすぐに歯、舌、口蓋、頬でできた口腔という空間が存在します。そしてここで生じるトラブルを我々歯科医が扱うのです。
 
 「えっ」と思った方もいませんか?そう思った人、右手の人差し指を口に入れて見ましょう、容易にできますね。これは人差し指も、口の中も同じ体の外側にあるという証拠です。
 
 では、口の中でいうからだの中とはどこを指しているのでしょうか? 一般にからだの中と外界は簡単に交通できないような仕組みになっています。手をみてみましょう。手の再表層には角化した組織があり、ここについた汚れ(異物、細菌)も付いているだけでは、からだの中に入れません。しかしこの角化した組織もひとたび破れると、それは「傷」という穴があくことになります。この穴を通して、からだの中から血が出てきますが、一方、外界からは細菌などが侵入して病気を起こす原因となります。運が悪いと、これが感染症の成立となります。
 
 さて、口の中を見てみると、口蓋や、舌、頬、歯肉を構成している粘膜と、があります。これらの最表層は連続していて口の中という外界とからだの中とを区別している砦を作って、これが唾液という体液によって覆われています。頬、舌、歯肉などは血流があるため仮に破れても治癒は容易にできます。ちょっとした噛み傷、口内炎などであれば、わざわざ歯科医院に行かないですね。抜歯をしてあんなに大きな穴が開いても、大きな問題にならないのは、この粘膜に血流があって治癒力がある事、口腔という半ば閉ざされた空間が唾液によって常に湿潤した環境である事が大きな理由となっています。汚いと感じる唾液の大きな役目の一つです。
 
 一方歯の最表層はエナメル質といって、HAP(ハイドロキシアパタイト)でできています。粘膜と違って血流がないため、ひとたび穴があくともう治癒は望めません。そこで代替材料による擬似治癒(治癒を偽装する)が必要なるわけです。
 
 もう1箇所押さえておかなくてはいけないのが、歯と歯肉との結合の破壊です。歯に治癒がない以上、歯と歯肉の結合が一度壊れると体の中と外を仕切る砦の連続性が失われます。歯周ポケットの深化という現象です。そうなると、当然汚れや細菌も入りますので、歯肉の状態は悪化します。「歯周病」の発症となるわけです。従って日頃からこの穴(ポケット)を清潔にしておく事が肝要です。
 
 このように、歯科治療は治癒を期待できないのが医科と違う点です。その分擬似治癒のための素材の機能に頼るところが大きくなります。
 新コーナーでは、歯科を「素材から」という視点で考えていきたいと思い、『唯物歯観』と銘打って、時間の許す限り多く発信してゆく所存です。よろしくお願い致します。

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