エナメル質の大切さ

木下歯科医院 院長 木下 亨

 細胞膜は細胞を、皮膚は身体を守る重要な構造物です。同じように、エナメル質は歯を保護し、そのイノチ(歯の生理機能)を守る重要な構造物で、体の外からの攻撃に対する砦の役目をしています。このエナメル質が虫歯や切削器具等で傷つけられると歯のイノチに危険信号が点り始めます。初期は痛みもないので、よく観察しないとエナメル質の欠損はわかりませんが、そのうちに大きな実質欠損や痛みが伴い出して、初めて虫歯に気が付くということは珍しくありません。しかも、口腔内は暗くて見えにくい場所であることが問題を大きくします。忙しい皆さんには、定期的に歯科医院に行くことが一番なのです。
 
 さてこのエナメル質ですが、正確にはハイドロキシアパタイト(HA:塩基性リン酸カルシウムCa10(PO4)6(OH)2)という化合物でできています。世の中では歯や骨の無機成分を単にカルシウム、あるいはリン酸カルシウムと理解しているようですが、化学的に正確に言うと、カルシウムはCa、リン酸カルシウムは、Ca3(PO4)2 を指し、安定な物質です。安定ということは外部からの侵襲に対して、比較的強いということでもあります。
 
 一方で、HAはリン酸カルシウムの一種といえますが、それらと大きく違うのは、酸とは容易に反応する塩基性の結晶だということです。ここが非常に重要な点で、歯や骨(硬組織)の無機質成分がリン酸カルシウムでできていれば、むし歯や骨粗しょう症に簡単に罹患することはないでしょう。
 
 エナメル質はこのHAの結晶の集まりですが、象牙質となると、HA以外にタンパク質の一種であるコラーゲンも構成物になります。そして、水溶性の酸性グルコサミノグリカン(GAGs)などの高分子電解質がHAとコラーゲンを結び付けた構造になっています。エナメル質も象牙質も酸に触れるとHAが反応し解けますが、象牙質では脱灰象牙質となって、HAが占めていたスペースを乳酸などが透過し、HAの結晶が小さいため象牙質の脱灰(むし歯)はエナメル質に比べてより早く進行することになります。HAを失った脱灰象牙質はコラーゲンが主成分となり、口腔内では加水分解が、容易に進行してむし歯の穴はますます大きくなり、その結果、歯髄(神経)が外界にさらされ痛みはさらに酷くなります。
 
 この状態までむし歯を放置しておくと、歯の構造物の部分には血管がなく、血液による自己治癒機能は全く期待できません。歯科医師がどんなに良質(?)な材料を使っても、むし歯を治せないのはここに理由があるのです。外界にさらされた歯髄が感染してさらに放置されると、やがては抜髄をとることになります。神経をとって(抜髄)痛みがなくなると一見治ったかのような錯覚に陥りますが、実態は、歯髄を取られた歯は、歯の形はしていても枯れ木と同じで時間とともに朽ちていく運命にあります。無髄歯が長持ちしないのは、死んだ組織が時間と共に傷んでいくからで、歯にとってもイノチは大切なのです。
 
 エナメル質や象牙質には、治癒の働きがない以上、予防はとても大切になります。エナメル質に穴が開いてしまったら、緊急避難として乳酸と病原菌を透過させない砦(人工エナメル質)を設けて、むし歯を擬似治癒に導くことが大切となります。残念ながら歯髄を無くした歯にはまた違った考えで修復することが、人生100年時代を迎えた今、歯を長く使う上で必要だということも理解いただけるかと思います。

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